ゴッホのひまわり

東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館には

ゴッホの『ひまわり』が常設されている。


今から二十数年前、新宿の確か保険会社のビルにあって、

鑑賞し感動したことを思い出し行ってみた。


原画の前に立ち絵画を鑑賞すると

絵画の(あるいは画家の)波動を感じられると聞いたことがあるが、

このゴッホの『ひまわり』は、まさに私がそのように

感じられた唯一の絵である。


燃えているようなひまわりだと思った。

ゴッホの気迫を感じた。

そのように感じられた絵はこれまでにも他にはない。

ゴッホはひまわりの絵を7枚描いていて現存しているのは6枚、
東京にあるのはそのうちの1枚、
1888年クリスマス・イブの耳切り事件の
直前に描かれた『ひまわり』らしい。

二十数年ぶりに同じ絵を見て

また同じように感じられるのだろうかーーー。



もしかしたら転売されて現在のビルに移ったのかも知れない

と思いながら美術館に行った。


いやいや、この形・・・ビル自体は同じである。

末広がりの高層ビルだ。

ビル自体買収されたのかもしれないと思いつつ

美術館へ。


『ユトリロとヴァラドン~母と子の物語』を鑑賞し終えた先に

ゴッホの『ひまわり』が飾られていた。


その前に立ってみる。


二十数年経ち、

二十代だった私が四十代になり二度目にみたゴッホの『ひまわり』。


感慨深い想いはあったが昔感じた波動は

残念ながら感じられなかった。


みずみずしかった感性が、しぼんでしまったのかもしれない。

心が荒んでしまったのかもしれない。

期待し過ぎたからかもしれない。


Wikipediaで調べてみると「1987年に安田火災海上(現・損害保険ジャパン日本興亜)が3992万1750ドル(当時のレートで約58億円)で購入した。」と書かれている。

あー、そうだったか。

入館時に抱いた予想は違っていた。

二十数年の間には経済は大きく変わったし

この高層ビルを取り巻く環境もくるくると変わっただろうが

ビルも絵も転売はされていなかったのだな。



安田火災海上が購入した1987年はバブル時代で、
その当時、日本企業が海外の美術品などを買収しては
ニュースになっていた。

Wikipediaにはこうも書かれている。
「あまりにも高額だったので、「ひまわり」を前例に絵画の国際価格が日本企業のせいで上がったしまったというような批判。そして、金あまり日本を世界にさらすようなものだという批判。」
「この好景気の時代に美術品を高額で購入した日本人・日本企業は多数に上ったものの、それに引き続く景気後退期にそのほぼすべてが元の海外へ流出したのに比べ、この「ひまわり」は現在に至るまで当美術館にて変わらず所有されていることを考慮すれば、それら批判への応分の社会貢献は為されているともいえる。」(Wikipediaより抜粋.2015)

バブル時代とはいったい何だったのかと

最近よく思うが

少なくとも、そのおかげで

二十数年の時を経て

私は感慨深く絵画を鑑賞することができた。














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